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なぜ讃岐が発祥か 空海と1200年の歴史

作成者: sanukimenki|Jul 16, 2026 8:15:00 AM

うどんは、なぜ讃岐なのか。

「讃岐うどん」という言葉は知っていても、なぜ香川県がうどんの発祥地なのか、その理由を説明できる人は少ない。

そこには、1200年前の一人の僧侶の旅が関係している。

空海という人物

空海(弘法大師)は、774年に讃岐国(現・香川県)で生まれた。幼少期から優れた才能を持ち、仏教の深奥を求めて31歳のとき、遣唐使船に乗り中国・唐へと渡った。

804年のことだ。

唐の長安で空海は密教を学んだ。しかしそれだけではなかった。当時の中国は、食文化においても世界の最先端にあった。小麦粉を使った麺料理が広く食べられており、空海はその製麺技術を目の当たりにした。

讃岐に持ち帰ったもの

806年、空海は帰国した。

仏教の教えとともに、空海が持ち帰ったものの中に、製麺の技術があったとされる。故郷である讃岐の人々にその技術を伝え、うどん作りが根付いていった——これが讃岐うどん発祥の伝説だ。

現在も香川県綾川町滝宮には「うどん発祥の地」の石碑が残っている。地元では今もこの伝説が語り継がれている。

なぜ讃岐でうどんが根付いたのか

伝説だけが理由ではない。讃岐の風土そのものが、うどん作りに適していた。

讃岐は瀬戸内海に面した温暖な気候で、雨が少ない。この気候は小麦の栽培に向いており、古くから小麦の産地として知られていた。また、讃岐の海水から作られる塩も、うどんの製法に欠かせない素材だ。

小麦・塩・水。うどんを作るための三つの素材が、讃岐には揃っていた。

さらに、讃岐は金毘羅宮(現・金刀比羅宮)への参拝客が集まる地でもあった。参拝者にうどんを振る舞う文化が広まり、讃岐うどんは庶民の食として定着していった。

手打ちの技術が生んだコシ

讃岐で根付いたうどんには、独自の製法が生まれた。

足踏みによる鍛え。寝かしによる熟成。縦横に延ばす仕上げ。包丁の引き切り。これらの手打ち工程が積み重なることで、讃岐うどん特有のコシが生まれた。

コシは、讃岐の職人たちが1200年かけて磨き上げた技術の産物だ。

機械化の始まり

明治時代に入り、衛生上の理由から「足踏み禁止条例」が出された地域があった。

讃岐の職人たちは困惑した。コシを生む足踏み工程を、どうやって続けるのか。

その問いに答えたのが、1910年に創業したさぬき麺機だ。「足踏み代用機」の開発から始まり、手打ちの全工程を機械で再現する挑戦が始まった。

「手打ち職人の技術を、機械で完全に再現できないか」

この問いは、115年経った今も、さぬき麺機が挑み続けているテーマだ。

1200年の流れの中に立つ

空海が中国から製麺技術を持ち帰り、讃岐でうどんが根付いた。職人たちがコシという概念を磨き上げた。そしてさぬき麺機がその技術を機械で再現した。

讃岐うどんの歴史は、一本の線でつながっている。

1200年前に空海が持ち帰った技術は、讃岐の風土と人々の手によって、コシという唯一無二の食感へと育った。さぬき麺機は、その流れの中で「コシを機械でコントロールする」という使命を担っている。